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歴史から知る

年表

出来事 段階 構成資産
1498 ヴァスコ・ダ・ガマがインドに到達する 始まり

ザビエルが平戸で布教する
江戸幕府が全国にキリスト教禁教令を発布する

no原城跡はらじょうあと
1511 ポルトガルがマラッカを占領する
1549 フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸し、日本にキリスト教を伝える
1550 ザビエルが平戸ひらどで布教する
1562 平戸ひらど春日かすが集落に「慈悲じひくみ」が設立される
1563 肥前ひぜん大村おおむらの領主である大村おおむら純忠すみただが横瀬浦で洗礼を受ける(日本初のキリシタン大名)大村おおむら領内で集団改宗が行われる
1580 島原しまばら半島南部の領主である有馬ありま晴信はるのぶ日野江城ひのえじょうで洗礼を受ける
1587 豊臣秀吉が伴天連追放令ばてれんついほうれいを発布する
1597 宣教師、信徒ら26名が長崎ながさき西坂にしざかで処刑される(日本二十六聖人にほんにじゅうろくせいじん殉教じゅんきょう
1603 江戸幕府が成立する
1604 有馬ありま晴信はるのぶが原城を完成させる
1614 江戸幕府が全国にキリスト教禁教令を発布する
1622 元和げんなの大殉教じゅんきょうが起こる
1627 絵踏えふみ」が開始される
1635 寺請制てらうけせいが全国で実施される
1637 島原しまばら天草あまくさ一揆いっきが起こる
1641 オランダ東インド会社の商館が平戸ひらどから長崎ながさきの出島に移転する
→海禁体制が確立する(いわゆる鎖国さこく
形成

島原・天草一揆が起こる

潜伏キリシタン集落の分布は長崎と天草地方に限られていく

no春日かすが集落と安満岳やすまんだけ平戸ひらどの聖地と集落)

no中江ノ島なかえのしま平戸ひらどの聖地と集落)

no天草あまくさの﨑津集落

no外海そとめ出津しつ集落

no外海そとめ大野おおの集落

1642 五人組制によるキリシタン禁制が開始される
1644 最後の神父が殉教じゅんきょうし、国内に神父が不在となる
1657 大村おおむら郡崩れこおりくずれが起こる
1650~80年代 豊後ぶんご崩れが起こる
1660年代 濃尾のうび崩れが起こる
1790年代 浦上うらかみ一番崩れが起こる
1797 大村おおむら外海そとめから五島ごとう列島へ移住を開始する(全体で約3,000人) 維持、拡大

大村領外海から五島列島へ移住を開始する

no黒島くろしまの集落

no野崎島のざきじまの集落跡

no頭ヶ島かしらがしまの集落

no久賀島ひさかじまの集落

1805 天草あまくさ崩れが起こる
1838 ローマ教皇庁が日本での宣教をパリ外国宣教会に委託する
1842~56 浦上うらかみ二番崩れ、浦上うらかみ三番崩れが起こる
パリ外国宣教会の宣教師が来日する
1859 長崎ながさきが開港される
1862 日本二十六聖人にほんにじゅうろくせいじんが列聖される
1864 居留地の西洋人のために大浦天主堂おおうらてんしゅどうが建設される
1865 浦上うらかみ村の潜伏キリシタンが信仰を告白する(「信徒発見しんとはっけん」) 変容、終わり

浦上村の潜伏キリシタンが信仰を告白する

no奈留島なるしま江上えがみ集落(江上えがみ天主堂とその周辺)

no大浦天主堂おおうらてんしゅどう

1867 浦上うらかみ四番崩れが起こる
1868 明治政府が発足する
五島ごとう崩れが起こる
1873 禁教の高札こうさつが撤廃される(キリスト教の黙認)
→以後、カトリックに復帰した各地の集落に教会堂が建設される
1889 大日本帝国憲法が成立する(信教の自由を明記する)
1918 江上えがみ天主堂が完成する

年表(PDFデータ/1.48MB)