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歴史から知る

(Ⅱ)潜伏キリシタンが信仰を実践するための試み

潜伏キリシタンの信仰継続にかかわる伝統


(1/13)彼らは、集落に根付いた「組(くみ)」を維持しつつ、共同体の仕組みをうまく変えていきました。

(2/13)それは、宣教師に代わって共同体の指導者がキリスト教由来の儀礼・⾏事等を執り⾏うという変容でした。
(3/13)さらには、潜伏キリシタンであることが発覚しないよう隠すことを基本とする信仰形態を育みました。
(4/13)具体的には、信仰が露⾒しないように、在来の神道・仏教においても聖地とされた⼭岳・島を崇敬し(平⼾の聖地と集落(ひらどのせいちとしゅうらく)(構成資産2・3))、
(5/13)⼀⾒ありふれた⾝の回りのものを信⼼具(しんじんぐ)として代⽤したほか(天草の﨑津集落(あまくさのさきつしゅうらく)(構成資産4))、
(6/13)マリア像などキリスト教由来の信⼼具を隠してひそかに拝み(外海の出津集落(そとめのしつしゅうらく)(構成資産5))、
(7/13)在来の神社にひそかにキリシタンを祀(まつ)って拝む(外海の⼤野集落(そとめのおおのしゅうらく)(構成資産6))などの⼿法を採りました。
(8/13)18世紀になると、それ以前と⽐較して安定的に信仰を続ける⽅法が確⽴していました。
(9/13)安定した背景としては、幕府側も潜伏キリシタンが存在することを公式に認めず、
(10/13)信仰が露⾒した際にも、本⼈がキリシタンであると表明しない限りは「異宗」として扱うという判断がありました。
(11/13)潜伏キリシタンが信仰を表明せず、社会秩序を乱さない限り半ば「黙認」の姿勢が採られていたのです。
(12/13)このように、幕府側の黙認の姿勢と均衡が保たれたことにより、
(13/13)潜伏キリシタンは、周囲の社会・宗教と関わりながらひそかに信仰を実践し、⽐較的安定した⽣活を営んでいきました。

長崎ながさき天草あまくさ地方の潜伏キリシタンは、16世紀以来、集落ごとに根付いた共同体を起源とする「くみ」などを維持しながら、自らの信仰を続けられるよう共同体内の仕くみみを変えていった。それは宣教師に代わって洗礼を授ける「水方みずかた」をはじめ、教会暦をつかさどる「帳方ちょうかた」などの役職を担当する「指導者」を中心として、キリスト教由来の儀礼、行事などをとり行う仕くみみへ変化させることだった。

潜伏キリシタンは、これらの儀礼や行事、信仰にともなう日々の祈りなどを実践する際に、一見すると日本の伝統的宗教のようにみえる独自の信仰形態をはぐくんだ。具体的には、「平戸ひらどの聖地と集落(春日かすが集落と安満岳やすまんだけ中江ノ島なかえのしま)」のように、キリスト教が伝わる以前から山岳仏教信仰の対象であった山やキリシタンの処刑が行われた島を拝んだり、「天草あまくさの﨑津集落」のように一見ありふれた身の回りのものを信心具しんじんぐとして代用したり、「外海そとめ出津しつ集落」のようにマリア像などキリスト教由来の信心具しんじんぐを隠し持ったり、「外海そとめ大野おおの集落」のように在来の神社にひそかに自分たちの信仰対象をまつって拝んだりするなどの方法をとった。18世紀になると、以前のような大規模なキリシタン摘発事件(崩れ)は見られなくなるが、それは長崎ながさき天草あまくさ地方の潜伏キリシタンがこのような信仰形態のもとで信仰をカモフラージュすることに成功し、それ以前と比較して安定的に信仰を続ける方法を確立したことを示している。

また、取り締まる側の幕府の姿勢にも変化が見られるようになる。約100年にもおよぶ長い安定期を経て1790年に起こった「浦上うらかみ一番崩れ」の際には、江戸幕府が「郡崩れこおりくずれ」のような深刻な事態が発生するのを避けるため、浦上うらかみの民衆の中に潜伏キリシタンが存在することを公式に認めず、1805年の「天草あまくさ崩れ」の際にも﨑津集落の民衆の信仰を「異宗」であるとして潜伏キリシタンの信仰ではないとの判断を示した。このことから18世紀には潜伏キリシタンが自分たちの信仰を表明しても、そのこと自体が社会秩序を乱さない限り処罰しないという半ば「黙認」の姿勢がとられたことがわかる。このように潜伏キリシタンのひそかな信仰の実践と、取り締まる側の黙認の姿勢との絶妙な均衡が保たれることにより、潜伏キリシタンは日本の伝統的宗教や一般社会と関わりながら自分たちの信仰を続けることができたのである。

この段階の構成資産

  1. 03_春日集落_池田勉撮影

    2平戸ひらどの聖地と集落(春日かすが集落と安満岳やすまんだけ

    キリスト教が伝わる以前から信仰された山やキリシタンが殉教じゅんきょうした島を拝むことによって信仰を実践した集落。

  2. 09_中江ノ島_日暮雄一撮影

    3平戸ひらどの聖地と集落(中江ノ島なかえのしま

    キリスト教が伝わる以前から信仰された山やキリシタンが殉教じゅんきょうした島を拝むことによって信仰を実践した集落。


  3. 4天草あまくさ﨑津さきつ集落

    身近なものを信心具しんじんぐとして代用することによって信仰を実践した集落。

  4. 01_外海の出津集落

    5外海そとめ出津しつ集落

    キリスト教由来の聖画像をひそかに拝むことによって信仰を実践した集落。

  5. 01_外海の大野集落

    6外海そとめ大野おおの集落

    神社にひそかにまつった自らの信仰対象を拝むことによって信仰を実践した集落。